その他

コラム㉓『静かにひらかれていく場所』

人が心をひらくとき、 それは、大きな勇気や特別な瞬間によってではなく、 ふとした静けさに触れた時のように思います。 言葉を急かされない時間。 否定や評価の気配がない空気。 自分の歩幅で話していいと感じられる場。 そうした場所では、 人は胸の奥にあ…

コラム㉒『「行うこと」と「在ること」』

私たちは日々、 「行うこと」と「在ること」のあわいを 生きています。 「行うこと」は、 役割を果たし、仕事をし、誰かのために動き、 外側へ向かっていく営み。 「在ること」は、 呼吸をし、感じ、ただ自分としてそこにいる、 内側へ静かに戻っていく営み…

コラム㉑ 『健康という言葉のゆらぎ』

健康という言葉は、 とてもよく使われるのに、 その意味は人によって大きく違うように思います。 「健康でいたい」 「健康に気をつける」 「健康に生きる」 どれも、 日常の中で自然に使われる言葉ですが、 その中身は一つではないように思います。 社会の基…

コラム⑳ 『暑さの中で、自分を守る』

今年の夏も、 ただ「暑い」という言葉では追いつかないほどの 強烈な暑さです。 それでも、 無理をしてでも暑さの中で働かなければならない人、 動かなければならない人がいます。 この暑さの中でも、 社会の仕組みの中で、 動かざるを得ない人たちがいます…

コラム⑲ 『祈りを信じる』

祈りは、 自分の内側に静かに触れるための時間であると同時に、 自分ではない誰か、何かに、 そっと差し出す行為でもあると感じます。 祈りを信じる―― この言葉は少し不思議で、 どこか逆説的に響くかもしれません。 祈りは本来、 信じる・信じないという枠…

番外編:祈りの断章『余韻の畔』

極めて個人的なもので恐縮ですが、 以前に引き続き、 このブログに置かせていただけたら幸いです。 * * * * * * * この歩みの中にも、 言葉にならない想いや、 その場にしか生まれない静かな熱が いくつも重なっていたのだろうと思います。 そのひと…

Cuando el sonido se vuelve oración

(※A continuación,comprato la verción en español del texto que publiqué en japonés el 4 de julio.) Al tocar la música de la oración,el sonido se eleva primero como quietud,mucho antes de llevar algún significado.Cuando las voces se superp…

When Sound Becomes Prayer

(※Below is the English version of the text published in Japanese on July 4th.)When touching music of prayer,sound rises first as stillness,long before it carries any meaning.When voices overlap,it becomes less a melodyand more a breath e…

番外編:『音が祈りになる時』

祈りの音楽に触れる時、 音は意味よりも先に、 静けさとして立ち上がる。 声が重なる時、 それは旋律というより、 ひとつの呼吸が空間に広がる気配となる。 音が進むというより、 空間がゆっくりと満たされていく。 その満たされ方は、 祈りの場に置かれた音…

Cuando Toco el Jazz — Ante la Oscilación del Jazz

(※A continuación,comprato la verción en español del texto que publiqué en japonés el 30 de junio.)El Día del Jazz es el 30 de abril.Ya ha pasado.Sin embargo, esa sensación de que algo “pasa”parece resonar con el temblor del jazz.Quisiera…

When I Touch Jazz — Before the Sway of Jazz

(※Below is the English version of the text published in Japanese on June 30 th.)Jazz Day is on April 30.It has already passed.Yet the feeling of something “passing”seems to resonate with the tremor of jazz.I would like to leave herea sma…

番外編:『ジャズに触れたときのこと ~揺らぎを前にすると~』

ジャズの日は4月30日だそうですね。もう過ぎてしまいました。しかし、その「過ぎる」という感覚は、ジャズの揺らぎとどこか響き合うように思います。揺らぎの音に触れたときの覚え書きを、ここに残したいと思います。ジャズを聴くと、私の耳と身体はいつも緊…

コラム⑱ 『静けさの中の、尊重・尊敬・許し』

尊重と尊敬。 尊重は、 そこに在るという事実を 静かに受け取ることでしょう。 尊敬は、 歩みの中にある光を そっと見つめることに近いのかもしれません。 どちらも、 評価や上下ではなく、 輪郭への向き合い方が 異なるのでしょう。 尊重と尊敬は、 祈りの…

番外編:祈りの断章『あわい』

極めて個人的なもので恐縮ですが、 この度も、前回、前々回に引き続き、 このブログに置かせていただけたら幸いです。 * * * * * * * 前夜。 これから始まる流れの全てが、 必要な休息と共に、 無理のない形で 日々を迎えられますように。 この流れの…

番外編:祈りの断章『動』

極めて個人的なもので恐縮ですが、 前回に引き続き、 このブログに置かせていただけたら幸いです。 * * * * * * * 歩みを重ねていく灯り。 微かな震えのようなものが 空気の奥で静かに脈打ち、 歩みを重ねていく灯りの傍らには 形を持たない灯り。 そ…

番外編:祈りの断章『静』

極めて個人的なもので恐縮ですが、 以前の詩に引き続き、 このブログに置かせていただけたら幸いです。 * * * * * * * 姿は変わっても、 そこに宿るものは変わらない。 姿を持つ者と、 姿を持たない者。 その間にある境界は、 思っているよりずっと薄…

コラム⑰ 『田舎の距離間、都会の距離間』

田舎と都会を行き来することが増え、 改めて、 両者の距離間の違いを大きく感じています。 田舎の距離間は、 良くも悪くも近いものだと感じます。 何十年会っていなくても昨日の続きのように話せたり、 誰かが困っていれば自然に助け合えたり。 その近さはあ…

El mundo de la música clásica — El misterio de cómo una misma obra nunca es la misma

(※A continuación, comparto la versión en español del texto que publiqué en japonés el 18 de junio.)Dicen que el 4 de septiembre es el Día de la Música Clásica.Más que escribir para coincidir con una fecha,quise escribir sobre la música clá…

The World of Classical Music — The Mystery of How the Same Piece Is Never the Same

(※Below is the English version of the text I published in Japanese on June 18th.)They say that September 4th is Classical Music Day.Rather than writing to match a date,I wanted to write about classical music in a way that touches the rhyth…

番外編:『クラシックという音の世界 ~同じ曲なのに、同じ曲ではないという不思議~』

クラシックの日は9月4日だそうです。日付に合わせるというより、今の自分の呼吸に触れるように、クラシックのことを書いてみようと思います。クラシックは、作曲家が残した「譜面」という音の設計図をもとに、演奏家がそれぞれの解釈で音を立ち上げていく音…

Sagrada Familia y Sant Pau — Una oración de movimiento y quietud

(※Esta es la versión en español de la Columna 16, escrita originalmente en japonés.)Movimiento.Una voluntad que sigue elevándose,sin fin, hacia el cielo.Una oración construida a lo largo del tiempose alza como una sola torre,y su movimie…

Sagrada Familia and Sant Pau — A Prayer of Movement and Stillness

(※This is the English version of Column 16, originally written in Japanese.)Movement.A will that keeps reaching upward,toward the sky without end.A prayer built over a long span of timerises as a single tower,and its movement reminds met…

コラム⑯ 『サグラダ・ファミリアとサン・パウ病院 ~動と静の祈り~』

動。 どこまでも天へ向かおうとする意志。 長い時間をかけて積み重ねられた祈りが、 ひとつの塔として立ち上がる時、 その動きは、 まだ終らない旅の途中にあることを思い出させます。 サグラダ・ファミリアのメインタワーが完成したという知らせは、 動き続…

El Día del Rock y las Piezas de Rompecabezas del Rock

(※A continuación, comparto la versión en español del texto que publiqué en japonés el 9 de junio, Día del Rock.)El 9 de junio es el “Día del Rock” en Japón.Al igual que el “Día de los Instrumentos” del 6 de junio, lo descubrí simplemente a…

Rock Day and the Jigsaw Pieces of Rock

(※Below is the English version of the text I published in Japanese on June 9th, Rock Day.)June 9th is “Rock Day” in Japan.Just like “Instrument Day” on June 6th, I happened to notice it simply by seeing it on my calendar.Rather than celebr…

番外編:『ロックの日と、ロックというパズルピース』

6月9日は「ロックの日」。 6月6日の「楽器の日」と同様、 カレンダーで知りました。 ジャンルとしてのロックを祝う?日、というよりも、 私にとってロックは、 人生の大切なパズルピースであり、 身体と心にとっても大切なパズルピースであり、 その出逢いが…

コラム⑯ 『伝えたい感謝』

感謝。 すぐに伝えられる時もあれば、 伝えたくても、 すぐには伝えられない時もあるように思います。 できるだけ早く伝えたいと思っても、 どうやって伝えたらいいんだろうとか、 逆に、 今伝えるタイミングなんだろうか…とか、 様々な思いが過ることも。 …

番外編:『音楽・音・楽器 ~楽器の日に寄せて~』

今日、6月6日は、 「楽器の日」と カレンダーで知りました。 楽器の日にちなんで、 文章を書けたらと思いました。 前回の番外編の続きのようなところも ありますが、 ご了承いただけたら幸いです。 ギターやウクレレを選んだ時のことに 触れつつ、 音につい…

番外編:『家に眠る弦楽器たち』

今回は、 少し個人的な記述になりますが、 ここで書かせていただこうと思いました。 家には、 エレキギター、アコースティックギター、 クラッシクギター、ウクレレが 静かに眠っています。 エレキギターは当時、 そのギターの姿に憧れ、懇願し、 今は亡き父…

コラム⑮ 『会いたい人、会ってみたい人をめぐって』

「会いたい人」 「会ってみたい人」 会いたい人は、 その人の中に、 すでに存在している誰かでしょう。 思い出や経験の中で形ができていて、 その輪郭がはっきりしている相手だと思います。 一方、 会ってみたい人は、 特定の誰かではあるけれど、 認識はあ…